【Enjoint~楽しみ繋ぐ~】
1.楽しみ繋ぐ例会及び事業
1.楽しみ繋ぐ卒業式
1.楽しみ繋ぐ合同例会
【はじめに】
2011年3月、私は当時の理事長であった柏木岳先輩に誘われて(一社)阿南青年会議所(以下阿南 JC とする)の門を叩きました。
この時から私にとって切っても切れない波乱万丈な JC 活動がスタートしました。
当時何も知らないまま例会に参加した私は慣れないスーツに身を包み、急に登壇させられたかと思えば3分間の自己紹介と JC 活動に対する意気込みを振られ、ただただ地獄の様な沈黙の中で、自分の不甲斐なさと羞恥心を味わったことを今でも覚えています。
しかし周りの先輩方は誰一人として笑うことなく私の話に真剣に耳を傾け、スピーチが終わった後も「大丈夫、君はこれから若いうちに貴重な出来事をこの阿南 JC で経験して、数年後には100人の前でも堂々とスピーチができるようになっている」と言ってもらえました。
それからというもの、時にはプライベートな時間を削りながら、優しい先輩方や仲間たちと楽しく充実した JC 活動を続けてきました。なにより様々な人たちとの交流が楽しく、尚且つ地域に貢献しながら人を喜ばすことのできる JC 活動に誇りを持っていました。
そんな時に舞い込んできた話が、徳島ブロック協議会への出向でした。この出来事が私にとって一つの大きな岐路でした。
徳島県下7つのエリアの青年会議所から選ばれたメンバーが集う機関の中、私は様々な人たちとの交流を望んでいましたし、自己の成長へと繋げたいと意気込んでいました。
しかし現実は甘くなく、当時の役職の責任の重さに耐えられなくなり、大きな挫折を味わうことになりました。
自分の失敗で多くの人たちに迷惑をかけ、もう二度とこんなことはしたくは
ないと考えていました。
そこからというもの、私の中で『失敗』というトラウマが付きまとい、以前の様に JC 活動に身が入らないようになりました。入会当時の JC 活動に対するワクワク感や情熱は一体どこへ。未だかつてない出会いを楽しみにしていた気持ちや人を喜
ばせることがモチベーションの私にとって、他人に迷惑をかけることや不幸にすることはこの上なく苦痛でした。
そんな時に、当時の先輩から「仕事で失敗することはできない、でも JC では失敗ができる、そして必ず周りが助けてくれる」と背中を押してもらい、周りのメンバーからも「いつかこの失敗がJC活動にも、そして仕事にも活かせる時がくる」と励ましてもらい、今日まで歩んでくることができました。一度の失敗で見放さない、どん底だからこそ助けてくれる人たちが周りにいたことに気づかされました。まさしくそれは今まで私が多くの人たちと交流してきた糧だと感じました。
そして2022年12月現在、今まさに阿南 JC の理事長としてこの所信を書いている自分がいます。今でも100人はおろか、10人の前でも緊張して、手は振るえるし、頭が真っ白になってまともにスピーチができません。それでも入会当時の延治希と違うのは、人と出会うことがますます好きになり、人とのつながりの中で成長する自分を一番楽しみにしているということです。
私の大きな失敗を知る先輩が言いました
「あの頃があって今があることは、ある意味必然なのかなと感じます。」
私が2023年度に掲げる基本理念及び方針は、今まで出会ってきた人たちとの交流と私の成長が生み出した『必然』です。一人でも多くのメンバーやこれから出会う人たちに私の『必然』を知っていただき、共に成長し、喜びを共有してもらえれば幸いです。
【ひとづくり~ユーモアある人財に~】
私が JC 活動を続けられた一つの理由として、尊敬できる先輩方の存在があります。ビジネスでも活躍し、限られた時間の中で JC 活動を両立する先輩方はいつも多くの仲間に囲まれ、魅力的な方ばかりでした。
しかし今思えばそれらには裏打ちされた共通点があったように思えます。それはユーモアです。私が尊敬する先輩方は『会えて楽しい、話して楽しい、一緒にいるとなぜか笑いが生まれる』人たちばかりでした。
笑わせる(笑顔にさせる)というのはその場の空気を作るということだと思います。空気が明るい場所には、いいアイデアや人のやる気などのプラスの要因が生じます。そしてその空気は他者に伝染し、より多くの笑顔を生み出します。私もその中の一人であり、そんなユーモアある人財にみなさんとなりたいと考えています。空気を明るくしてくれる人の周りに未だ見ぬメンバーが集まると信じています。阿南 JC にもっとユーモアを。
私は「自由」という言葉が大好きです。既存のルールや常識に縛られず、脳みそをフル回転させられるからです。裏を返せばまとまりがないとも言われますが、もちろん『律する心』を今は持ち得ています。入会当時は JC のルールに愚直に従い、それを一般常識として当てはめていた時期もありました。するとどうでしょうか、まちづくりに関しても可能性を見出せなくなり、地域の限界を勝手に決めつけようとしている自分がいました。決して JC のルールを否定しているわけではありません。むしろJCは『律する心』だと気づかされました。『律する心』が土台にあるからこそ、私たちは自由に理想のまちをイメージできると考えています。ここでもう一つ好きな言葉として「遊」という言葉を挙げさせていただきます。「あそぶ・楽しむ・ゆとり・よゆう」という意味が含まれますが、私にとっては肩肘張らずにポジティブな気持ちになれる言葉です。自由に、ポジティブに、まちづくりを楽しんで欲しい。そのような意味を伝えたかったので「自遊」と表現させていただきました。そしてまちづくりは決して一つの団体では成し得ることはできません。「JCしかない時代からJCもある時代」と揶揄されますが、果たしてJCだけで社会を変えることはできるのでしょうか。私が約12年間JCを続けてきた中で、対外のかけがえのない出会いは多くの学びを私にもたらしてくれました。「JCもある時代」と言われてもいい。ただ「JCだから協力しよう」と言われる団体になりたいと思っています。そのためには同じエリアで活動している行政や他団体に対して、今まで以上に真摯に向き合い、協力関係を構築していきたいと考えています。私たちの同志は身近にいます。価値観の押し付け合いではなく、まちづくりをもっと自遊に謙虚に。
【組織運営~光(魅力)を放つ組織に~】
「阿南JCの価値を高めるためには?」
前述したとおりユーモアある人財と自遊で謙虚な活動を発信することです。
JCの価値はどこまで浸透しているのでしょうか。ショックだったことが、私の同世代の人間にJCのことを話してもそもそも知らなかったことです。私たちがどれだけ社会のために頑張ろうが、一般的に認知されていないこと以上に悲しいことはありません。諸先輩方から脈々と受け継いできた阿南JCの歴史を次世代に紡いでいくためにも、光(魅力)を発信し続けていかなければいけません。
少し脱線しますが、時代の変遷により個々のブランディング活動がインターネッ
トやメディアで自由に表現できる時代となりました。特にSNSの発信は、光のごとくリアルタイムに情報を周知させる能力があります。昔と違い、情報は生もの扱いされる時代です。実際私は阿南JCのインスタグラムを更新したりすると、ものの数秒後にレスポンスがあります。そして「いいね」されるととてもうれしいです。SNSがすべてではありませんが、スピード感のある媒体を利用した活動広報やブランディングの構築に今後努める必要があります。光の速さよろしく光(魅力)を放つ組織に。
【おわりに】
私が過去に学んだことを JC 活動に活かすのであれば、『楽しみ繋ぐ』ことだと思
います。私は幼少期から勉強が大嫌いでした。ですが自分の興味があること、楽しいと思ったことについてはとことん追求しました。それがどんなジャンルであれ楽しければ継続することができると考えています。そしてそれを自分だけのものにするのではなく、他者と共有することが相互の喜びにつながると信じています。発信する能力は非常に社会にとって役に立つことだと思います。知識の幅云々ではなく、他者の可能性を広げることに意味があるということです。これは仕事や JC 活動においても同じことが言えます。「こんなはずじゃなかった」JC 活動をしているとこんな声が聞こえる時があります。ルールや常識に縛られ、現状に我慢して、頑張るしかない。
それは本当にあなたのやりたいことですか?すべてを修練としてとらえ、我慢して
頑張ることは特別な意志の強さがないと無理です。しかし頑張ることが「楽しい」と感じることができれば、この上ない充実した JC 活動となるでしょう。